明治時代の運転免許 鑑札

明治36年、日本で最初に自動車に関する法規が制定されました。それが愛知県で制定された“乗合自動車営業取締規則”とされています。当時から運転免許(鑑札)の取得に関しては「満20才以上で、試験により運転技能があると認められる者」と規定されていました。この頃から既に、運転技能の試験が存在していました。試験内容は時代と共に変わっているものの、試験が必要である事は、今も昔も変わらない所でもあります。しかし、この頃の運転免許は,今のものと意味合いが異なります。

運転免許と言うよりは「乗合自動車の営業許可証」として認められる意味合いの方が強いものでした。しかも、明治の頃は“乗合い馬車”の方が殆どで、自家用自動車の場合は、届け出のみで、試験を受ける必要はありませんでした。明治40年に入り、警視庁(東京府)は自動車取締規則において、自家用自動車の運転免許について、初めて制定しました。当時の免許と言えば“運転手免許”と“車掌免許”の2種類のみでした。因みに当時の免許は木製や銅製でした。

大正3年以降は全国で、自動車営業取締規則と自動車取締規則が制定されました。大正8年に、自動車取締令が全国法令で制定されました。しかし当時の免許は他県に引っ越す度、免許を取り直す必要がありました。また、運転免許を取得するには条件として“車体検査証”が必要でした。すなわち、まず自動車を所有していなければ、免許が取得できない時代でもありました。現在は一家に車1台は当然の時代ですが、当時は一部の富裕層のみが取得できるものだったと言えるでしょう。